So-net無料ブログ作成
検索選択

ミソゲキ2011について。 [演劇/レビュー]

大晦日の日に『ミソゲキ』という、名古屋の若手演劇の方たちによる演劇祭の中のカウントダウンイベントに(進行役として)参加してきました、私はダンス以外の演劇も時折拝見するのですが、どちらかというと身体表現に近接したり、前衛芸術としての要素の強い作品をみるばかり。こうした若手の方のつくる演劇作品を見ることの少ない私にとって、はじめは『私につとまるかしら?』と不安もあったのですが、参加してみると非常に興味深いと感じることがたくさんありました。

作品自体は29日のゲネプロしか拝見していないので、実際の上演作品とはいえないのですが、それでも多くの発見がありました。このブログ上では、そこでの気づきや参加を通して感じたことを感謝の想いをこめて(カンタンではありますが)まとめてみたいと思います。個人的な所感としてご笑覧いただければ幸いです☆


■日時:2011年12月30日(金)-31日(土)

■会場:ナンジャーレ

公式HPhttp://misogeki.com/

ミソゲキの公式HPによれば、ミソゲキには次のような説明がされています。

 --名駅にある小劇場『ナンジャーレ』と名古屋の演劇情報サイト『名古屋演劇アーカイブ』の共同企画として、2010年大晦日に『ミソゲキ!』という名前で開催され、今年も『ミソゲキ2011』として開催される演劇イベント。名古屋の若手を中心とした10劇団が、20分の制限時間で作品を出し合います。
また、2011年からは県外劇団の招致や『ミソゲキアワード』の新設、カウントダウンイベントの実施等、イベントとしての広がりを見せています。--

イベントに参加するにあたり、スタッフの方とお話をしたのですが、ただ楽しいイベントを企画したいといった安易な発想ではなく、彼らなりの問題意識が感じられました。どの表現ジャンルでもいわれることですが、やはり「裾野を広げる」といったことや、「観客の方にいかに見てもらうか」といったことを含めて「ジャンル全体の活性化」があげられると思います。

この企画のスタッフや、参加団体の年代はとても若いと感じるのですが、若いからといって上記にあげた問題意識と無縁かといえばそうではありませんでした。問題への取り組み方やアプローチは彼ららしい若さや元気さに彩られたものですが、「地域の演劇をどうにかしていきたい」といった想いは強いんですよね。もしかしたら、彼らの世代(20代前半から30代前半)は“強い想い”とか“がんばる”といった表現で自分たちが伝えられることに違和感を感じてしまうかも知れません。「僕はがんばるタイプじゃないんです。」という言葉を、彼らの世代からはよく耳にするからです。でも、これは単に言葉に関する強さのイメージが違うだけだと考えます。渾身の力をこめて自身を捧げるイメージが私のような世代(30代後半以上)の“がんばる”だとすれば、彼らにとってのそれは“今の自分に出来ることにプラスして、よりよいものをめざす”といったような感覚なのではないでしょうか。核になるのは強度ではなくて、よりよい方向へ向いているかどうか・・・ここを軸にすれば、両者が同じ方向へ向かっていることは明らかですよね。今回、こんなことを考えたのも、直接彼らと接することが出来たからだと思います。


ゲネプロを拝見して、いくつか驚いたことがありました。1つめは、女の子のセリフの男性化。かわいく話しているキャラクターでも、怒ると男性になっちゃう(笑)。例えば、彼とケンカになったりすると「ふざけんじゃねえ。」なんて言いだしちゃうんです。これが多くの作品に共通していたので、もしかすると今の若い女の子たちは怒ると男になっているのかな、なんて思ったわけです。私も言葉づかいは乱暴な方ですが、男にはならないかなぁ・・・。

2つめは、役者さんが客席にいるゲネプロならではのことかも知れないのですが、観客の「笑い」に対するレスポンスの敏感さ。言い換えれば、とても細かいパーツにも「笑う」ということです。作品全体の文脈でシーンを見て笑うという部分はもちろんあるのですが、文脈に繋がりを感じないシーンでも、役者の仕草や表情、言葉づかいが時事ネタなどを含んでおもしろければ、笑いとして反応するんです。象徴的だったのは、ある男が有能な同僚の謎の自殺にまつわり、にわかに人生のターニングポイントを迎えようという重要なシーンでのこと。男は自動販売機で飲み物を購入しようとするのですが、なぜかコインが戻ってしまってなかなか買えない。男は「俺には家族がいるんや!」と、怒りと悲しみの混じったセリフを言い続けます。確かに、このシーンだけを取り出せば、自動販売機に向かってこの言葉は奇異です。でも、その前のシーンから見ていくと笑うシーンではないと思うんですね。でも、このとき客席からは男がセリフをいうごとに笑い声が起きていたんです。すごく不思議でした。もちろん、ゲネプロという特殊な状況(まだ作品は未完成状態のものもあった)いろいろなことが重なってのことではあるので、一概には言えないのですが私にとっては興味深い出来事でした。

3つめは、役者さんたちのセリフ回しや立ち居振る舞いのナチュラルさ。芝居臭くならないような努力をしてきた世代もあると思うのですが、彼らははじめからナチュラルに舞台に立つということが出来ているように感じました。努力とか工夫とかをこえているような印象です。これはジャンルのDNAを引き継いで進化しているとも思えて、文化というものが無意識に前世代を土壌として育っていると感じられました。

4つめは疑問になるのですが、彼らがなぜ表現方法として演劇を選んだのかということです。さまざまな表現方法が選択出来る現代にあって、なぜ演劇を選んだのかは興味深いことだと思いました。作品の中にはアニメーションのストーリー展開を感じさせるものもありましたし、或いは映像作品で表現した方が効果的だと感じられるような非常に繊細なシーンを重ねた作品もありました。でも、一見するとコスプレやアイドルオタクのようなセンスに終始するかと思わせてグリっと現実を抉るような作品があったり、演劇というものを構成する上で何がドラマを引き起こしているかを客観的に俯瞰し、そのエッセンスを提示するような作品があるなど、頭脳犯的な作品もありました。また一方ではセリフの持つ深遠さと役者の演技の妙を尽くした作品もあり、本当に豊かな作品ラインナップだったと思いました。これらをズラリと並べてみたときに、「えっと、演劇ってなんだっけ?」って思ったんですよね。でも、最終的に大切なのは演劇がなにものであるべきかよりも、「目の前の表現たちが何を見る者の中に起こしているか」ではないかと思いました。その定義が例えば世代間によって捕え方が違っているかも知れないのですが、そこは超えていくべき点なのかも知れない・・・ちょっと抽象的な言い方になってしまうけれど(苦笑)。

5つめは、彼らのこうした豊穣な表現の多くが肩の力が抜けた感覚でつくられているという点。30代後半以降の演劇をつくる方々は自らを「演劇人」として語ることが多いし、大きく重いミッションを担っていらっしゃるように思います。こうした責任感が新たな可能性を切り拓いていくわけですし、歴史をつくっていくともいえます。でも、一方でその重責がときに自由な感覚での作品づくりを阻害していることもあるように思います。例えば観客が取り残されるような過度な実験色の強い作品などね。
若い世代の自由な作品づくりも、いつか成長とともに分岐点を迎えるわけですが、なにものにも囚われない時期は必要ですし、その自由を踏まえて次のステージへと進んでいってほしい。時代は変わっていきますから、「若い世代」には、また後進たちがやってくるわけです。そのとき、今の若い世代がどこへ行くのかはとても大切なことだと思います。若々しい自由な演劇と、中堅のミッションを帯びた演劇と、伝統や伝説になった演劇と、それらが互いに交感することが何よりジャンル全体を活性化するために必要なのではないかと思います。ま、演劇素人の考える安易な思いつきでしかないんですけどね(笑)。


カウントダウンイベントでは、いくつかミスもしてしまったのですが、元気いっぱいの各劇団の主宰のみなさんやお客さんに助けていただいて、楽しい時間を過ごすことが出来ました。2日間の本番を終えて、みなさんお疲れだと思いましたが、あの明るさと元気さと楽しさにエネルギーをたくさん充填していただきました。本当にすごいパワーだなって思いました。興業的にも、チケットは全公演のチケットが完売していたそうですから、実に頼もしい限り。いろいろ思うことをつらつらと書き連ねましたが、彼らがその若さあふれるエネルギーでこの地域を(日本を)元気にしていってほしいと思います。私も後方でそのお手伝いをしていければいいな、なんて思います。

みなさん、おつかれさまでした。
今年もまた、お客さんに元気を充填してあげて下さい!






nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

関連リンク

メッセージを送る
人気ブログランキングへ人気ブログランキングへ