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アパートメントハウス1776 ジョンケージ アルディッティ弦楽四重奏楽団×白井剛 [ダンス/レビュー]

少し記憶があいまいなのですが、簡単に書き留めておきたいと思います。今年はダンスレビュー、もっとがんばってUPしなくちゃ(笑)。

 

日時:2008年12月3日(水)18:45-

場所:愛知県芸術劇場コンサートホール

 

実はこの作品を見るのは2回目。2007年に伊丹のアイホールで拝見している。客席と舞台の段差が低かった印象がある。私の席は舞台に近かったこともあり、舞台を身近に感じた。それと、現代音楽のおもしろさに目覚めた舞台でもあり、興味深い作品鑑賞だった。ダンス評論を書いている人間としては非常に恥ずかしい発言になるが、この時点での私は白井剛の魅力についてはピンとこなかった。知り合いのダンス評論者は大絶賛。「さすが白井さんだと思った。あんなに邪魔にならないんだよ!」と大興奮。・・・邪魔にならないって、果たしてそれはほめ言葉なのかどうかがわからないと感じた。

今回、2度目の鑑賞にあたって私は白井さんのワークショップの様子を取材し、インタビューする機会を得た(http://blog.so-net.ne.jp/arts_and_theater_literacy/2008-10-29)。ワークショップの参加者の中にいる彼の身体を見て、またインタビューで彼の考え方などにふれ、私はようやく白井剛の魅力に気づけたと思う。私が感じた彼の最大限の魅力は、その独自な身体の在りようだと思った。独自な、というとあいまいになってしまうので、補足する。それは非常に「軽み」のある身体だということだ。俳人・松尾芭蕉は晩年にこの理念に到達しているが、辞書などによれば「日常卑近な題材の中に新しい美を発見し、それを真率・平淡にさらりと表現する姿」とある。まさに私はワークショップでの彼の姿にこの理念を見ていたのだと思う。

ワークショップの参加者全員と白井がセッションをしたとき、参加者の熱量の高さ、もしくは重量を感じる身体の群像の中にあって、不思議と白井の姿だけはいつもクッキリと判別出来た。インタビューなどで「現代音楽にはスキに入っていく感覚があって踊りやすいですね。」と言っていた言葉などから、彼の軽みは参加者のつくりだすムーブメントの一瞬の美しさを逃さず、そこへ飛び込んでいく瞬発力のある感性と、それによってエネルギーを獲得する身体にあるのだと私はこのとき初めて気づいた。彼が入っていくことで、空間は新しい美しさを帯びるのだ。ヒラリと一瞬の閃光を放ちながらと言ってもいい。

前置きが長くなったが、今回の公演ではそうした私なりの気づきがあったためか、非常に集中して舞台にのめり込めた。舞台に使われたモチーフとして「風船」があったが、これらは物理的な軽さを演出。空間に点在させた風船を糸を手繰って引き寄せたり、離したりすることで、波の上下動のような厚みが生まれていた。舞台で踊る白井は何か大切なものをずっと壊さないように抱えているようにも見えたが、想いというのは重くなりがちであるのに、彼の身体の中ではそれさえ軽やかになってしまうらしい。常に上昇していく幸福感にあふれた舞台だったと感じる。それはアルディッティ弦楽四重奏楽団のメンバーにも共通した印象だった。とかく難解なイメージのつきまとう現代音楽を幸福感にみちあふれた音に還元してしまう。両者のコラボレーションは深い信頼関係によってこのような幸福感を生みだしているのではないだろうか。後半、楽団員が上着の襟に風船をつけて登場したシーンでは会場内には穏やかな微笑みがあふれ、白井はそんな彼らの中で踊った。

音楽とダンスが創造した、幸福な舞台。コンサートホールという新たな場でダンスを鑑賞したことも、音を味わうという点で非常に得るものが大きい経験だったと思う。

 

 

 


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